みかん山ブログ blog page

2010-08-08 (Sun) 22:41

ヤッパリ伊能さんはエライ!

  毎日見ている海岸線、それを見るにつけ「伊能忠敬」の偉業を思い出す。

伊能図7
もう一度思い出だそう!

* 50歳で、繁栄させた家督を引き継がせて、千葉から江戸に出て測量を勉強する。
* 57歳から70歳まで、数回に分けて全国の海岸線を中心に測量・作図。
   その距離4万キロで赤道とほぼ同じ
* 費用は大部分が自費、政府は事業を始めた地図が正確なので
   費用を出し始めたそうである。正確と判らなかったら・・・?
* 原図は消失したが、シーボルトらの持出しで逆輸入して再現
   それだけ正確、星なども測量で参考にしたから。

伊能図8

引退前から興味を持って独学での勉強をしていたそう。
測量には創作の道具も沢山造ったそうです。
伊能図11

「忠敬から政府への地図作成の申し出」は初めは一笑に付されたが、
作り始めた地図があまりにも正確である故
政府は少しは費用も出したようで、無くても忠敬は遂行したと思う。
自分の生活さえ出来ていない自分と比べると雲泥の差である。

伊能図10

四国は六次の測量行程で丁度200年位前である。(1808~09)
今でさえホトンド人の行かない海岸線を、隈なく行っている。

伊能図30

遊子の水荷浦の段畑も見ただろう。
ここでは、遊子では無く下波に対してか上波の水荷浦となっていた。
京都の三保の松原も、勿論歩いて(泳いで?)いました。

確か今日で伊予市の展示会は終わった筈ですが
全国を回っていると思います、是非ご覧下さい!

    土居でした。



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